2021-10-18

sanju hassai sarariman sigoto wo yamete tabinideru firipin ryugakuhen: firipin no tabi (World Heritage Hunter Publication) (Japanese Edition)

38歳で仕事を辞めて旅に出る。なんで旅なんかするの?帰国した後、どうするの?再就職なんかできないよ?せっかく入った会社なのにもったいない。全て正しい意見だ。でも、正しい意見なんかに従っちゃダメなんだ。旅なんてしたところで何にもならないし、バカな事だとわかっている。でも、正しいとか正しくないとか、そんな事はどうでも良くて、ただ、やりたいからやる。だから楽しいんだ。それでも大人ってやつは、どうしても理由を探してしまう。18歳の頃、自分の夢はビックになるとか、金持ちになる、なんて言う漠然としたものだった。高校生活の3年間は、あっという間に終わりを迎え、いきなり社会に放り出されてしまうと言う現実に真剣に向き合わなければならなかった。きっかけは、些細な事だった。自分がやりたい事なんてわからないし、やりたい仕事なんて無かった。何をすればいいのか、さっぱりわからなかった。だから世界中を旅しながら考えようと思った。ただ、それだけだった。でも、言葉と言うものは、時に人生を左右するほどの力を持っている。「世界中を旅して周りたい」その言葉を何度も何度も繰り返すうちに、次第に俺の人生は、その言葉に支配されていく。実際にやってみた旅の面白さが、それに拍車を掛けた。いつの間にか、旅そのものが目的となっていた。20代で貧困と挫折を繰り返し、30歳で就職をした。やっとの思いで手に入れた、安定した生活。しかし、18歳の時に吐き出した「世界中を旅して周りたい」と言う言葉が、呪詛のように俺の心で繰り返される。「世界中を旅して周りたい」希望とも呪いとも言えるこの言葉が、俺を突き動かす。俺は、旅に出なければいけないのだと。===旅に出る事は、怖い俺にとって旅に出ると言う事は、夢でもなんでもない。ただの決定事項だった。旅に出ると言う事は、難しい事ではない。オリンピックに出場したいとか、プロ野球選手になりたいと言う事ではない、やろうと思えば誰にでも出来てしまうような事なのだ。では、なぜ、それをしないのか?それは、怖いからだ。旅に出れば、出社なんかしなくていいし、仕事もしなくていい。好きな時間に起きて、好きな場所に行けばいい。完全に自由だ。だが、収入から切り離されてしまう。それが、怖いのだ。若い頃であれば、気にならないかもしれない。実際、20代の頃は、全く気にならなかった。でも、今は違う。38歳になった俺は、せっかく入社したピュアホワイトの企業を退職する事がとても怖かった。帰国後の人生を考える事は、もっと怖かった。しかし、俺は旅に出たいのだ。いや、この頃にはすでに、本当に旅に出たかったのかどうかすらも怪しい。18歳の時に自分で掛けた呪いは、20年たった今でも効いる。人間なんて、運が悪ければ死んでしまう。もし、今、死んでしまったら、俺は必ず後悔するだろう。なんであの時、旅に出なかったんだと。このまま、安定した生活を続けるよりも、たった一度きりの人生を後悔しながら、呪いながら死んでいく方が怖かった。俺はまだ生きているんだ。生きているうちに、やりたい事をやらない人生なんて、生きている意味がない。人生って言うのは、親がくれた、やりたい事を好きにやっていい時間だと俺は考える。だから、俺は旅に出る。何かを始める事は、とても怖い事だ。でも、やっぱり旅は最高だ。===旅立ち2015年6月27日朝六時、眠たい目をこすり、フラフラと起き上がる。カーテンを開くと外は薄暗く、シトシトと雨が降っていた。昨夜は興奮してしまい、なかなか寝付くことが出来なかった。いよいよ旅立つ日が来たのだが、あいにくの雨でテンションが上がらない。重たいバックパックを背負い、妻と家を出る。防水のアウトドアジャケットにウォータープルーフのシューズ、多少の雨であれば、傘などいらない。旅支度を済ませた俺たちは、靴の性能を確かめるように水溜りを踏みつけた。成田空港にあるマッサージチェアでひと休みしたいと考えていたのだが、そのような時間はなかった。慌ただしくチェックインカウンターで荷物を預け、出国手続きを済ます。淡々とやる事をこなし、飛行機に乗ったところで、ようやく一息つけた。この一週間、やらなければいけない事にずっと追われていた。無事に飛行機に乗れたことで、日本でやらなければいけない事にようやく一区切りついた。しかし、あと四時間もすれば、フィリピンでやらなければいけない事が始まるのだ。旅立つ前は一通りの不安に駆られるが、一旦、飛行機に乗り込んでしまえば、これから始まる冒険への期待で胸がいっぱいになる。俺たちを乗せた飛行機は、滑走路を迂回してゴォゴォゴォゴォーと加速し一気に飛び立つと、陰鬱な雨の世界から真っ白な雲の世界を突き抜けて、ピカーっと輝く太陽の光に包まれた。イェス!マイサンシャイン!太陽の祝福を受けて、ようやく俺たちの旅が始まった。===フィリピン到着マニラにあるニノイ・アキノ国際空港を出ると、むぁっとした空気に包まれた。わずか数秒で、不快な汗が滲み出る。夏前の東京で過ごしていた俺たちには、ちとキツイ。マニラには何度か来た事があるが、とても治安が悪い。特にマニラ以外に住んでいるフィリピン人に言わせると、日本人がフラフラと歩いていれば、すぐに強盗にあってしまうと忠告された。恐らくは、少し誇張されているだろう。実際の話、そこまで危険では無い。だが、治安が悪い事には変わらないのだ。マニラの銀行や高級ホテルの前には必ずガードマンがいる。そのガードマンは、ターミネーターが持っているようなショットガンを装備している。その姿をひと目見れば、どのくらい治安が悪いのかバカでも想像がつく。空港タクシーを使って、安宿があるエルミタに向かう。マニラの交通事情は最悪で、なかなか前に進まない。日本人の俺に言わせれば、フィリピン人ドライバーは譲り合い精神がなく、誰もが我先にと強引に割り込む。車線はカオスとなり、その中を物売りが歩き、自転車が横切る。だから渋滞がいつまでも続く。数年ぶりにマニラに来て思う事は、物価の上昇だ。いや、正確には円安相場の影響で、ほんの数年前は、1万円が5000ペソになっていたのに今では、たったの3600ペソにしかならない。アベノミクス?円の価値が下がっただけで、俺にとっては貯金を減らされたようなものだ。恩恵はとくにない。全てが昔の1.5倍に感じられる。そもそもフィリピンは、東南アジアの中でもコストパフォーマンスが悪い国だ。タイなどと比べてしまうと、大体、2倍くらいの費用がかかる。そんななかでも英語の語学留学だけはお得感があり、今回の目的も語学留学だ。明日からは、学校のあるプエルトガレラに向かう。そんな訳でマニラを観光出来るのは今日、一日だけとなる。俺たちのミッションは、世界遺産『フィリピンのバロック様式教会群』に登録されている教会の一つ『サン・アグスチン教会』をハントする事だった。===世界遺産ハンター始動!旅をする事は、そんなに難しい事ではない。お金と時間さえあれば、誰だって出来るのだ。だが、俺が望むのは「旅で飯を食っていく」と言う事だった。「そんな仕事はない」「そんなの無理だ。出来る訳が無い。」勿論、そんなオイシイ仕事は見つからない。でも、無理だとか、出来ないとか、そんな事は、俺には関係ない。出来ようが、出来まいが、俺が旅に出る事は、既に決定事項なのだ。だったら、やるしかねーじゃん?===目次・38歳で仕事を辞めて旅に出る。・旅に出る事は、怖い・旅立ち・フィリピン到着・世界遺産ハンター始動!  俺は冒険家になる・マニラの世界遺産・プエルトガレラ・プエルトガレラで英語の語学留学  学校の授業・フィリピンの海で初ダイビング  サバンビーチ  フィリピンの海で初ダイビング  リフレッシュダイブ・台風の後、おぞましい数の虫がやってきた  ガモガモパラダイス・犬食べる?フィリピン人の生活と家畜とペットと常識  アイビー12歳(当時)  MJ(27歳)の場合  キャシィー20歳(当時)  アイビー18歳(当時)・海の洞窟と水族館のようなシュノーケリング・最後の授業・旅の始まり・パオアイにあるサン・オウガスチン教会・ビガン歴史都市  16世紀のスペイン統治時代の街並みが今も残る世界遺産・ヌエストラ・セニョーラ・デ・ラ・アスンシオン教会・天空都市『バギオ』へ・フィリピンの秘境サガダ・バナウェにある天国への階段  世界遺産の中にある温泉・プエルト・プリンセサ・世界遺産『プエルト・プリンセサ地底河川国立公園』  ウーゴンロック鍾乳洞の探検とジップライン  プエルト・プリンセサ地底河川国立公園をボートでまわる洞窟ツアー・ワイルドな島、パラワン諸島  クロコダイルファーム  バタフライ・エコ・ガーデン  ミトラ牧場・お手頃価格で行ける1島1リゾートホテル、ドスパルマス・帰国・エピローグ・旅の総費用  内訳・あとがき


Book Details

Book Title: sanju hassai sarariman sigoto wo yamete tabinideru firipin ryugakuhen: firipin no tabi (World Heritage Hunter Publication) (Japanese Edition)

Book Author: World Heritage Hunter

Book Category: -

ISBN: B08FXYLZN7